KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成
助成対象論文の決定について
「KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成」に、たくさんのご応募をいただきありがとうございました。半年にわたる厳正な審査の結果、NPO法人国立人文研究所は助成対象論文を以下の論文とすることに決定いたしましたのでご報告いたします。
論文:
「「田舎教師」の時代 ―明治後期における日本文学と教育とメディア―」
著者:
ピーテル・ヴァン・ロメル 氏
選考は、人文学研究の層の厚さとクオリティの高さを感じさせられるという点で、大変充実したものとなりましたが、逆にそうした甲乙の付けがたい高レベルの論文の中から、一本を選出しなければならないということは、大変苦しい作業でもありました。今回選ばれたヴァン・ロメル氏の論文はもちろん、出版され世に問われるべき研究成果ですが、今回選ぶことのできなかった論文の中にも、是非出版され、広く読まれてほしいという論文が多く含まれていたことを申し添えたいと思います。多くの研究者がそれぞれの分野でそれぞれの問題関心から、研究を積み重ね、成果を発表していくこと、そしてそうして書かれたものが読者を獲得していくことが、人文学が社会に理解を得て、共有されていくのに必要なことだと思います。私たちとしても、ヴァン・ロメル氏がこのような素晴らしい論文で本出版助成に応募いただいたことに感謝するとともに、その出版のお手伝いができることをとてもうれしく思います。
NPO法人国立人文研究所 代表
大河内泰樹
助成対象論文講評
対象論文「「田舎教師」の時代―明治後期における日本文学と教育とメディア―」
本研究は、「田舎教師」をキーワードに明治後期の学校教師と文学との関係を当時の教育雑誌に掲載された教育小説と田山花袋の作品の分析から論じたものである。タイトルの「田舎教師」とはもちろん田山花袋の小説の題名であるが、それと同時に明治期の現実の地方の教員たちのことも指している。本研究は、1900〜10年代にかけて増えていく地方の教員たちを新たな文学読者として捉え、明治後半期の教育関係メディアと文学の関係を実証的に明らかにすることで、初等教育・中等教育の従事者たちが抱えていた文学環境、その受容と生産の過程を総括的に考察するものである。
本論文は三部からなるが、そうした明治期の田舎教師たちの物質的・精神的生活状況を浮き彫りにするのが第一部と第二部である。
第一部「小学校教員と文学」は、明治日本の教育史において文学と教育ジャーナリズムが教育の発達と教員の日常生活にどのような役割を果たしたかを明らかにする。地方の小学校教員たちの生活状況を史料から浮き彫りにしながら、明治30,40年代に中間知識層を形成しつつも経済的に恵まれなかった教員たちにとって、読書と文学が教育や社会についての情報を得るにとどまらず、教員生活の意義や近代社会の問い直しなど重要な意義を持っていたことを明らかにする。
第二部「教育小説」では、具体的に明治後期の教育雑誌に掲載された無名の書き手たちによる「教育小説」を対象とし、教育雑誌と文学が明治後期に果たした役割と変遷過程を地方教員の観点から描き出す。とくに明治30年代に創刊された代表的な民間教育雑誌3誌を取り上げ、各雑誌の編集方針や構成、内容を明確にしたうえで、そこに掲載された 230 作以上の文学作品を入念に検討している。これによって各誌の特徴を明らかにすると同時に、時代の中でその変遷を明らかにし、特に日露戦争後、忠君愛国主義の浸透が見られながらも、各誌が独自性を打ち出し、地方生活や近代教育、ジェンダー、近代社会などに関する多面的な模索と多様な見地を提示していることを描き出している。
そして第三部「自然主義文学と教育」で、いよいよ『田舎教師』(1909)の著者である田山花袋について論じられる。従軍記者でもあった田山花袋の『田舎教師』を、教育雑誌に掲載された作品を批判するいわばメタ小説として位置づけ、ロマン主義などを相対化しながら、日露戦争後の国家主義化に抵抗しようとした作品であることを明らかにする。著者は、花袋の自然主義運動が、近代小説という文学ジャンルを形式的・内容的な面において都会の知的なエリートから、日本各地の青年たちまで拡大し、国家が青年の思想的統制を図る中、青年たちに現実的かつ批判的に考える能力と精神を養おうとするオルタナティブな教育運動として重要な役割を果たしたと結論づける。
本研究は、「文学の中の教師」という小説の題材としての捉え方を超えて、小説の読者としての教師、書き手・投稿者としての教師を浮かび上がらせる、意欲的な取り組みであると言える。また、教育史と日本近代文学研究という異なる領域間の研究を架橋する学際的試みとして高く評価することが出来る。とくに、これまでの研究では調査が及んでいない部分が多かった明治後半期の教育関係メディアと文学の関係を、緻密な資料調査と読解に基づいて実証している点が新しい。さらに、明治期の文学史だけでなく、教育史、ジャーナリズム、国家政策、ライフモデルの問題など、大きな広がりをもつ問題設定と議論が展開されており、刊行後にさまざまな領域で反響を期待できるだろう。
また、分析対象である教育小説を具体的に紹介しながら議論が展開される本論文の文体は非常にこなれており、学術的な専門性を有した大部の内容でありながらも、専門外の一般読者にも読みやすいものとなっている。学術と一般読者をつなぐ役割を大いに期待できる。
以上の理由により、ピーテル・ヴァン・ロメル氏による論文「明治後期における日本文学と教育との関係――「田舎教師」の時代」本出版助成の助成対象にふさわしい論文であると判断する。
2022年2月25日
NPO法人国立人文研究所・出版助成審査委員会
秋山晋吾
石居人也
大河内泰樹
越智博美
河野真太郎
佐々木雄大
出口剛司
三崎和志
宮本真也
外部審査員
紅野謙介(文学)
齋藤 元紀(哲学)
佐久間寛(人類学)
外村 大(歴史学)
田辺明生(人類学)
鄭栄桓(歴史学)
日比嘉高(文学)
横山 陸(哲学)
「KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成」
助成対象論文発表遅延に関するお詫び
「KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成」には、40件を超えるご応募をいただきました。応募いただいたみなさまどうもありがとうございました。募集要項では12月頃に助成対象となる論文を発表するとお伝えしておりましたが、予想を超えて多くのご応募をいただいたために予定したよりも審査に時間を要しており、発表は今のところ2022年1月下旬になる予定です。
応募いただいているみなさまには、他の助成金や出版予定などの関係もあり、ご迷惑をおかけしているかと存じますが、審査委員一同公正な審査に努めておりますので、ご理解いただけましたら幸いです。
2021年12月21日
NPO法人国立人文研究所 代表
大河内泰樹
KUNILABO五周年記念事業・
人文学学位論文出版助成
私たちNPO法人国立人文研究所は、この度、勁草書房様と協力し、人文学に関する博士学位論文の出版助成を行うことになりました。
2016年に人文学の学校KUNILABOを開校して以来、私たちは人文学の楽しさを専門家と市民の方々の間で共有できる場を作ることを目的に様々な講座を開講してまいりました。はじめは東京都国立市でひっそりと開校しいたしましたが、その後渋谷に活動の場を広げ、さらに2020年春以降のコロナ禍では、一時は講座の延期も余儀なくされましたが、講座をオンライン化することによって、今期には日本中からのべ約400名の方に受講いただけるまでになりました。こうして5周年を迎えることが出来ましたのも、これまで様々な形でKUNILABOに関わって下さったみなさまのおかげです。あらためまして、これまで講師をご担当いただいた先生方、ボランティアやアルバイトでご協力いただいたみなさま、寄付をお寄せいただいたみなさま、そして何よりも講座を受講いただいた受講生のみなさまに厚くお礼を申し上げます。
さて、NPO法人国立人文研究所は、この5周年を記念し、人文学に関する博士学位論文の出版助成を行います。人文学の若手研究者は、この間大変厳しい状況に置かれています。人文学の論文の執筆には大変長い時間がかかりますが、アルバイトなどで学費や生活費をまかないつつ経済的な不安を抱えながらも、学問への熱意でそれを補いながら研究を続けているというのが多くの研究者たちの実情です。そうして執筆された博士論文を、特に人文学分野ではさらに著書として刊行することがキャリアのなかで望ましいとされていますが、近年の出版事情はそうした専門書を刊行するのに厳しいものとなっています。
そうした厳しい状況に置かれた若手研究者の助けになりたいという気持ちから、勁草書房様のご協力も得て、今回このような出版助成企画を実施できることとなりました。若手研究者の支援は、人文学の振興とならんで国立人文研究所のもうひとつの重要な目的です。まずはたった一冊の小さな貢献ではありますが、一冊の研究書を世に出すお手伝いをすることを通じて、若手研究者を応援するとともに、ひいては人文学の発展に少しでも貢献できればと思っております。博士論文執筆を終え、出版を検討されている人文学の研究者のみなさま、是非ふるってご応募くださいますよう、よろしくお願いいたします。
2021年5月6日
NPO国立人文研究所 代表
大河内泰樹
KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成
募集要項
1.名称: KUNILABO五周年記念事業・人文学学位論文出版助成
2.目的
・国立人文研究所の目的の一つである人文学の若手研究者支援と同時に、最新の研究成果を世に出すことによって人文学の振興に資すること。
3.助成対象
・日本語で書かれた人文学に関する未刊行の博士学位論文、ないしは博士学位論文をもとにした日本語の論文1件。
4.助成内容
・助成対象となった論文は勁草書房より「KUNILABO叢書(仮)」として刊行される。
・刊行費用は国立人文研究所が負担する。(ただし、文字数が30万字を超える場合や図版を含むなど特殊な事情のある場合には自己負担が必要になる場合がある。)
5.応募資格
-
2021年7月末日時点で過去5年以内に博士号を取得した者。
-
2021年7月末日時点で研究者としての常勤職(テニュア)を持たない者。
6.応募条件
-
人文学に関する学位論文ないしは学位論文を元にした未刊行の論文であること。
-
日本語で書かれたものであること。(外国語で書かれた論文の日本語訳も可)
-
助成決定後1年以内に刊行すること。
-
助成決定にあたっては2022年春に予定されているKUNILABOのイベントでスピーチをお願いいたします。またそのスピーチ原稿を国立人文研究所HP上で公開することを認めください。
-
助成を受けた方には、出版後2年以内に、KUNILABOにて講座を半期担当お願いする予定です(有償)。
7.応募書類
a. 応募用紙〔様式に記入してください〕
b. 要旨 大学に提出された学位論文の要旨でもよい(Wordないしpdfファイル)
c. 出版用原稿(Wordないしpdfファイル)
8.〆切りおよび提出先
以上の書類を2021年7月末日までに kunilabo_promotion@kuniken.org まで提出してください。
9.審査結果発表
2021年12月頃。
審査結果は応募者にメールで通知するとともに、助成決定論文はNPO法人国立人文研究所(および勁草書房)HPにて発表します。
10. 問い合わせ先
NPO法人国立人文研究所(くにたちじんぶんけんきゅうじょ)
kunilabo_promotion@kuniken.org
tel: 080-3558-9200
※できるだけメールでのお問い合わせをお願いします。
募集要項はこちら >> (PDF)